住まい関連・その他
大家さんとのエピソード
賃貸暮らし物語は浪人中の下宿2ケ所・大学生の時の下宿1ケ所
・社会人になって住宅を9ケ所転々としました。
その中で実際に大家に遭遇したのは、浪人中の
東京都練馬区の1年間と名古屋市(実際はとなり
の西批杷島町だった)の1年間と大学生の時の
岐阜県大垣市の4年間と社会人になっての浦和
市(今のさいたま市)の3ヶ月と10日と高知市の
2年間の時の5人だけですね。これは、賃貸で大
家に遭遇するパターンとしては大人数なのでし
ょうか。よくわかりませんが。東京の練馬区の
時はもうおじいさんの大家さんで山岸荘という
アパートだったので山岸さんだったと思います。
毎月1回の家賃を払う時に会いましたが引っ越し
てからも家に励ましの手紙を貰いました。次の
名古屋は家族で経営している下宿で食事の時は
一緒に食べる中学生と高校生の娘さんがいま
したね。確か加籐さんだったと思います。そう
いえばおばあさんもいました。引っ越す時に
「また遊びに来てね。」なんて言っていました。
次は大垣市で第2加賀荘だったので加賀さん
です。ここも月1回の家賃と電気代・水道代を
払う時に会いました。夫婦で経営していて子供
は、自分よりちょっと年下で東京都豊島区に
下宿しているとか言っていました。1回会いま
した。前にも書きましたがジュウタン代を
自腹で払わされて残念です。引っ越し後も
手紙を貰ったりしました。あと社会人になっ
て最初のさいたま市では大家は初老のおばあ
さんでした。名前は聞かなかったのですが
毎月電気代の検針票を部屋に運んで来てくれ
ました。ここで始めて銀行通帳を作ったので
なぜか二重払いとなりました。置いていた
新聞配達用のバイクを取りに行った際に孫娘
らしい女子高生に会いました。最後の高知市は
自分のおばあさんです。経営している一軒家の
アパートに2年間仮住まいしていました。この
アパートは道路の拡張工事で立ち退きとなり
今はもうありません。あはは、というわけで
けっこう長文となりました。